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仙台高等裁判所 昭和39年(行ケ)1号 判決 1965年2月24日

原告 佐藤健蔵 外七名

被告 宮城県選挙管理委員会

補助参加人 早川智男

主文

被告が昭和三八年四月三〇日執行の仙台市議会議員の一般選挙の効力に関する横山玉太郎外三名の審査申立に対し昭和三九年一月二三日付をもつてなした裁決中、訴外丹野長兵衛の当選を無効とするとの部分を取消す。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用中補助参加によつて生じた分は原告らの負担とし、その余はこれを三分しその一を原告守の負担とし、その一をその余の原告七名の負担としその余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告佐藤外六名訴訟代理人は、「被告が昭和三九年一月二三日付をもつて、昭和三八年四月三〇日執行の仙台市議会議員一般選挙の当選の効力に関する横山玉太郎外三名の審査申立に対してなした裁決はこれを取消す。丹野長兵衛が昭和三八年四月三〇日執行の仙台市議会議員一般選挙における当選人であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、原告守訴訟代理人は「被告が昭和三九年一月二三日付をもつて、昭和三八年四月三〇日執行の仙台市議会議員の一般選挙の当選の効力に関する横山玉太郎外三名の審査申立に対してなした裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告佐藤、庄子、相沢、高橋、佐々木、丹野、鹿郷訴訟代理人主張の請求原因

(一)  原告ら七名は昭和三八年四月三〇日に執行された仙台市議会議員一般選挙の選挙人である。

(二)  訴外丹野長兵衛は原告守源治、補助参加人早川智男とともに右選挙に立候補したが、開票の結果選挙会において原告守は二、〇一八票、訴外丹野は二、〇一二票でいずれも当選、補助参加人は二、〇一〇票で次点として落選と決定された。選挙人横山玉太郎外七名は昭和三八年五月九日右選挙の当選の効力に関し補助参加人早川の得票数の算定に誤りがあるとして仙台市選挙管理委員会に異議を申出、同委員会はこれを棄却する旨の決定をした。そこでこれを不服とする右横山外三名の一部の異議申出人は被告委員会に再審査の申立をしたところ、被告委員会は昭和三九年一月二三日原告守と訴外丹野の有効得票を各二、〇一四票、補助参加人早川のそれを二、〇二九票と決定したうえ、仙台市選挙管理委員会の決定を取消し、得票数が同数の訴外丹野と原告守の間では選挙会において公職選挙法第九五条第二項の手続を経て当選人を決定しなければならないのにその手続を経てそのうち一名を最下位当選者としていないからというので右両名の当選を無効とする旨の前記裁決をなし、同日その旨を告示した。

(三)  被告委員会が前記各候補者につき以上のような得票数の増減を認めた理由は次のとおりである。

(イ) 選挙会及び仙台市選挙管理委員会は「早坂智男」(添付の検証写真の番号(7)、(8)、(15)、(17)、(19)、(20)、(21)、(23)、(24)、(25)、(26)、(27)、以下算用数字は添付写真の番号を示す)と記載された計一二票、「早坂知男」(16)、「早坂智夫」(9)、「早坂ともを」(18)、「早坂トモオ」(22)、「はやさかともお」(14)、「ハヤサカトモオ」(12)と記載された各一票、以上合計一八票は、補助参加人候補者早川智男と候補者早坂忠の氏名の混記であるから無効であると判定しているがこれらの票は補助参加人早川の「川」の字を「坂」「さか」「サカ」と誤つたもので補助参加人に対する有効票である。なお(13)の一票も無効投票として処理されたが補助参加人に対する有効投票である。よつて同人の有効得票数は二、〇二九票である。

(ロ) 選挙会が原告守に対する有効投票と認めた二、〇一八票のうちには、「守屋一男」、「守原三郎」(40)、「モリゲンサアロ」、「守源三郎」(42)と記載された各一票が含まれているが、これらの票は、原告守に対する有効票とみることはできないからこれを除くべきである。よつて同候補者の得票数は二、〇一四票である。

(ハ) 選挙会が訴外丹野の有効投票と認めた二、〇一二票のうち、「当選 丹野長兵衛」(35)、「丹野長」(37)と記載された各一票は他事記載として無効であり、他方選挙会が無効として処理した「タの」(3)、「円野長べい」(11)と記載された各一票は訴外丹野に対する有効投票と認めるべきである。そして以上のほか他の候補者の有効得票として処理されたもののうちに、訴外丹野に対する有効投票二票が混入していたから、これを同候補の有効票二、〇一二票に加えるべきである。したがつて同人の有効得票数は二、〇一四票である。

(四)  しかし、被告委員会の前記裁決は投票の効力の判断を誤つており、以下に述べるような違法がある。

(イ) 被告委員会が新たに補助参加人早川の有効得票に加えた前記(7)(8)(15)(17)(19)(20)(21)(23)(24)(25)(26)(27)(16)(9)(18)(22)(14)(12)一八票及び選挙会、被告委員会がともに補助参加人に対する有効投票とした(53)、(58)、(60)、(61)は同人と候補者早坂忠の各氏名の混記として無効とすべきである。早坂忠は仙台市内で著名な人物であるが、右早川はそれほど知られていない。しかも同地方では人を呼ぶのに名より氏を称するのが普通であるから、「早坂市会議員」といえば、右早坂忠を指し、補助参加人早川を指すことはない。補助参加人早川の氏を「早坂」であると記憶違いしたり、そのように書き誤ることがあり得るというなら、それと同じく、候補者早坂忠の名を「智男」と記憶違いしまたはそのように書き誤ることもあり得るというべきである。故に右投票はすべてこれを右両候補者の氏名の混記であるといわざるを得ない。

さらに選挙会及び被告委員会がともに補助参加人早川の有効投票と判定した前記(52)、(55)、(56)、(59)の合計四票はすべて「はせがわ」または「ハセガワ」と判読される。故に以上の票は候補者長谷川省一に対する投票であるから、同委員会がこれを補助参加人早川に対する有効投票に数えたのは誤りである。このほか、選挙会及び被告委員会がともに補助参加人早川に対する有効得票と判定した「西川智男」(50)と記載した一票及び(13)、(51)、(54)、(57)の各一票計五票もいずれも無効である。故に同人の有効得票数は被告委員会の算定した二、〇二九票より以上合計三一票少く、一九九八票である。

(ロ) 選挙会及び被告委員会がともに無効投票と判定したもののうちに、「当選 丹野長兵衛」(35)、「丹野<長>」(37)と記載された各一票がある。(35)は敬称の類に属すると見られる「当選」の文字を、(37)は訴外丹野長兵衛の屋号である「<長>」を各併記したにすぎないものであるから、いずれも同訴外人に対する有効投票と認めるべきである。

また選挙会及び被告委員会がともに無効投票と判定したもののうちに、「ガンバレ 丹野長兵エ」(1)及び「2」の各一票がある。(1)の「ガンバレ」の記載はその趣旨から敬称の類にあたるものと見ることができ、(2)の第三字は「ンの」と判読し得るから、その記載の全体は「たんンの」である。故に以上の二票も訴外丹野に対する有効投票と解さなければならない。

したがつて訴外丹野の有効得票は被告委員会の決定した二、〇一四票に、以上の(35)(37)(1)(2)の四票を加えた二、〇一八票である。

(ハ) これに対し、原告守の得票数を見るに、被告委員会が同原告に対する有効投票と判断した二、〇一四票のうちには、「モリヤゲン」(43)「モリゲン太郎」(45)と記載された各一票及び(38)、(44)の各一票がある。(38)は他事記載であり、(43)は候補者守屋一男と原告守の氏名の混記である。また(44)は「守原三郎」と判読されるから、「モリゲン太郎」と記載された(45)とともに、原告守の父で前期まで仙台市議会議員を勤めた守源三郎に対する投票である。故に右の四票はいずれも無効である。

したがつて原告守の有効得票数は被告委員会の決定した二、〇一四票より四票少く、二、〇一〇票である。

以上の三名の各有効得票数を比較すれば、選挙会決定のとおり訴外丹野、原告守は当選、補助参加人早川は落選となることが明白である。故に選挙会の決定した選挙の結果に異動を生ずる虞がないとして異議申出を棄却した仙台市選挙管理委員会の決定を取消し、訴外丹野及び原告守の当選を無効とした被告委員会の裁決は違法であるから、これが取消及び訴外丹野が本件選挙の当選人であることの確認を求める。

二、原告守訴訟代理人の請求原因

(一)  右訴訟代理人は前記一、(一)(二)(三)及(四)の(イ)と同旨の陳述をなしたほか、次のとおり主張した。

(二)  原告守の得票数を見るに、

(イ) 被告委員会が無効投票と判定したもののうち、「守源三郎」(28)(29)(42)と記載された三票、「守原三郎」(40)と記載された一票及び「モリゲンサフロ」と読まれる(41)はいずれも原告守に対する有効投票である。守源三郎は原告守の実父であり、中田町の旧家である原告家を継いだのち、昭和一六年以来仙台市会議員を勤めた者である。しかし昭和二六年頃から老齢のため家業の農業を原告守に譲り、同時に一切の社会的活動も同原告に一任してしまつた。原告守はこの頃から土地の慣習に従つて父源三郎のためその名で日常の業務一切を行つてきたのである。のみならず原告家では代々の当主は古くから、源右エ門、源治郎、源左エ門というように、その名に「源」の一字を用いるしきたりを守つてきたため、同地方の人々は原告家及びその当主を呼ぶのに「守源」(もりげん)といいならわし、正確な当主の氏名を知るものは少ないありさまである。してみると、「守源三郎」は原告守の父の氏名であるとはいえ、一面では同原告の通称として適用しているものということができるから、このことを知る同地方の選挙人らが原告守に投票する意思で前記投票のような記載をしたことは察するに難くない。したがつて以上の五票は原告守に対する有効投票と認めるべきである。

(ロ) 選挙会及び被告委員会がともに無効投票と判定した「もりよし」(4)と記載された一票は上の二字「もり」が原告の氏の字音に一致し、他に同じ字音の氏を名乗る候補者はないから、下の二字「よし」は「げん」の誤記と解して原告守に対する有効投票と認むべきもの、同じく「もりぜんじ」(5)と記載された一票は「げ」を「ぜ」と書き誤つたものであつて、いずれも原告守に対する有効投票である。

(ハ) 選挙会及び被告委員会が無効投票と判定したもののうち、「モリヤゲン」(43)と記載された一票の「ヤ」の字は誤記、「モリゲン太郎」(45)と記載された一票は上の四字「モリゲン」が原告守の通称「守源」と一致し、かつ「ゲン太郎」という氏名の候補者はいないからこれを全体としてみれば原告守の通称「守源」を書き誤つたと認め得るもの、(44)はその第二字以下が「源治」と判読されるものであるから、いずれも原告守に対する有効投票である。

(ニ) さらに被告委員会が候補者守屋一男に対する有効投票と認めたもののうちに、原告守に対する有効投票である(49)が混入している。同票の「モリ」の次の記載は文字の形体をなしていない、それは書き損じに棒を引いて消したものと思われる。故に同票も原告守の有効得票に加えるべきである。

このように候補者守屋一男の得票とされた投票のうちに原告守に対する投票が混入している虞は当初からあつたのに、前記申立の審査にあたつた被告委員会はこの点を考慮して守屋の有効得票を再点検することまでしなかつたのはそのこと自体違法というほかはない。

(三)  訴外丹野長兵衛の得票数を見るに、被告委員会が同人に対する有効投票と解した(3)、(11)、(30)、(31)、(32)、(33)、(34)、(36)、(46)、(47)はすべて無効であり、また、原告佐藤ら訴訟代理人らが訴外丹野に対する有効投票であると主張する前記(35)、(37)はいずれも無効である。

故に結局原告守の有効得票数は被告委員が算定した二、〇一四票より一一票多く、二、〇二五票となる。これに対し補助参加人早川の有効得票数は前記一、九九八票、訴外丹野の有効得票数は二、〇〇四票となるから、原告守及び訴外丹野の当選は選挙会決定のとおり動かないところである。よつて仙台市選挙管理委員会の決定を取消して原告守及び訴外丹野の当選を無効とした被告委員会の裁決は違法であるから、これが取消を求める。

三、被告訴訟代理人の答弁

(一)  原告守以外の七名の原告らが昭和三八年四月三〇日執行された仙台市議会議員一般選挙の際の選挙人であり、原告守、補助参加人早川及び訴外丹野がそれぞれ右選挙に立候補し、開票の結果選挙会において右各候補者の得票数及びその当落が原告ら訴訟代理人ら主張のとおり定められたこと、右選挙の当選の効力に関し選挙人横山玉太郎らが同年五月九日仙台市選挙管理委員会に異議を申出たのち、原告ら訴訟代理人ら主張のような経過を経て、昭和三九年一月二三日被告委員会がその主張のような理由のもとに補助参加人早川の有効得票数は二、〇二九票、原告守及び訴外丹野の各有効得票数はいずれも二、〇一四票と決定し、これを前提に前記原告ら訴訟代理人主張のような裁決をなし、同日その旨を告示したことはいずれも認める。

(二)  原告ら訴訟代理人が無効投票であると争う「早坂智男」と記載された合計一三票(7)、(8)、(15)、(17)、(19)、(20)、(21)、(23)、(24)、(25)、(26)、(27)、(60)は補助参加人早川智男の誤記と認めるべきである。

「早川」と「早坂」の氏はともに「早」を第一字とし、音感も四音中「さ」と「わ」の一音を異にするだけで四音とも同一母音「あ」を持ち、アクセントも同じ音節にあたるなど、その間には著しい類似性がある。これに反し、「智男」と「忠」の名は字数を異にし、その音感にも類似性がない。このような場合「早川」と「早坂」は相互に誤つて記憶されたり誤記されたりし易いが、「智男」と「忠」の間にはそのような誤りは起り得ない。のみならず、仙台市内では「早坂」姓を名乗る者は「早川」を名乗る者よりはるかに多く、昭和三八年三月末日の仙台市戸籍課の調査によると、前者は約九〇〇世帯、後者は約四〇世帯であつて、その比率は二二・五対一である。このことは、仙台市民は自分の周囲に「早川」姓の人より「早坂」姓の人をより多く見聞きする結果、「早坂」姓に馴染みが深いからいつたん「早川智男」として認識された氏名が記憶のなかでいつか馴染みの深い「早坂」に変わり、「早坂智男」として記憶の再現を見ることになる。現に補助参加人早川は同人宛の葉書に「早坂」と記されたものを受取ることが少くない。またかつて同人が民事調停の相手方となつたときにも同人をよく知つている申立人が書いた申立書に補助参加人の名を「早坂」と書かれていたこともある。

したがつて、前記一三票の「早坂智男」票及びこれに類する平仮名または片仮名書きを含む九票(9)、(12)、(14)、(16)、(18)、(22)、(53)、(58)、(61)は補助参加人に対する有効投票と認めなければならない。

次に選挙会及び被告委員会がともに補助参加人早川智男に対する有効投票と判断した「はやから」(52)は「はやかわ」の不完全な発音に基く誤記(55)は「ハヤカワ」と判読できるもの(56)、(59)はその第二字はどれも「せ」ではなく、「や」と読まれ、第三字はいずれも「か」に不用意に一つ多く点を打つただけで、「が」ではない。

故にこれらはすべて候補者長谷川省一に対する投票ではなく、補助参加人早川に対する有効投票と認めるべきである。

したがつて、被告委員会が補助参加人の得票数を二、〇二九票と算定したことは正当である。

(三)  「ガンバレ 丹野長兵エ」(1)、「当選 丹野長兵衛」(35)、「丹野<長>」(37)と記載された各一票はいずれも有意の他事記載として無効、(2)は第三字が判読困難であつてその記載全体として訴外丹野長兵衛の氏名との類似性がなく、同人に対する投票とは認められない。したがつて被告委員会が訴外丹野長兵衛の有効得票数を二、〇一四票と算定したことは正当である。

(四)  「モリヤゲン」(43)は誤つて「ヤ」が挿入されたもので全体としての記載は原告守に対する投票と見ることができる。(44)は第二字が「原」と判読される三字からなるものであつて、同原告の氏名に類似するから、これまた同原告の有効得票に加えるべきである。同じく「モリゲン太郎」(45)と記載された一票は同原告の父守源三郎が本件選挙の候補者でなく、その名も「源三郎」であつて「源太郎」でないところからも、右記載にもつともよく類似する氏名の原告守に対する有効投票と認めるべきである。「守原三郎」(40)、「モリゲンサアロ」(41)、「守源三郎」(28)、(29)、(42)は実在の同原告の父守源三郎の氏名を記載したものであるから無効である。「もりよし」(4)、「もりぜんじ」(5)も、その記載の文字には同原告の氏名との類似性がなく何人に投票したか不明なものとして無効であり、(49)は第三字が「ヤ」と読まれるから、候補者守屋一男に対する有効投票と認められる。よつて以上はいずれも同原告に対する有効投票と認めることはできない。

したがつて被告委員会が原告守の有効得票数を二、〇一四票と算定したことは正当である。

故に各原告ら訴訟代理人の主張はすべて失当であつて、本訴請求は理由がない。と述べた。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告守以外の七名の原告らが昭和三八年四月三〇日執行された仙台市議会議員一般選挙の選挙人であること、原告守源治、補助参加人早川智男及び訴外丹野長兵衛が右選挙に立候補し、開票の結果選挙会において原告守は二、〇一八票、補助参加人早川は二、〇一〇票、訴外丹野は二、〇一二票の各得票と算定され、原告守、訴外丹野は各当選、補助参加人早川は次点者として落選と決定されたこと、選挙人訴外横山玉太郎外七名から昭和三八年五月九日右選挙の当選の効力に関し補助参加人早川の得票数の算定に誤りがあるとして仙台市選挙管理委員会に異議の申立がなされたが、右申立が棄却されたこと、そこで訴外横山玉太郎外三名は被告委員会に再審の申立をなしたところ、被告委員会は昭和三九年一月二三日被告委員会は右訴訟代理人らの主張するような理由により補助参加人早川の有効得票は二、〇二九票、原告守及び訴外丹野の各有効得票はいずれも二、〇一四票と決定し、仙台市選挙管理委員会の決定を取消し、得票数同数の訴外丹野と原告守との間で公職選挙法第九五条第二項の手続を経てそのうち一名を最下位当選者として当選人を決定しなければならないのにその手続を経ていないから右両名の当選を無効とする旨の裁決をなし、同日その旨を告示したこと、原告守は二〇一〇票、補助参加人早川は一九九八票、訴外丹野は二〇〇四票の各有効票を獲得したこと、右有効票中には(1)ないし(61)の票が算入されていないことは当事者間に争がない。

そして、(1)ないし(5)、(7)ないし(9)、(11)ないし(38)、(40)ないし(61)の票の効力につき当事者間に争があるから、右票についてその効力を検討する。

検証の結果により、右票の記載形式内容は添付写真の通りであることを認める。

(一)  補助参加人早川智男の得票数

(イ)、(7)、(8)、(15)、(17)、(19)、(20)、(21)、(23)、(24)、(25)、(26)、(27)、(60)、(以上「早坂智男」と記載された一三票)

本件選挙において早坂忠なる候補者があつたことは成立に争いのない甲第九号証により認められる。右候補者の氏名と補助参加人の氏名を比較してみると、氏の「早川」と「早坂」とはともに第一字「早」を同じくし、その音感も類似している。このような氏は互に誤つて記憶、表示されることが有り得るところである。

他方その名「智男」と「忠」では文字音感とも著しく異なり、互に誤る虞れは少ないものと考えられる。したがつて、右の二ツの氏名を区別するためには氏より名に重きを置くべきであるから、右投票者は補助参加人に投票する意思であつたものと解すべく、前記「早坂」の記載は補助参加人の氏「早川」と誤つたものと認めるのが相当である。故に以上の投票はすべて補助参加人に対する有効投票と認めるべきである。

(ロ)、(9)、(12)、(14)、(16)、(18)、(22)、(53)、(58)、(61)、(以上九票)(9)は「早坂智夫」と記載され、前記「早坂智男」とは「夫」の一字を異にするにすぎないもの、(16)は「早坂知男」と記載され、前記「早坂智男」とは「知」の一字を異にするにすぎないもの、その余は前記(早坂智男)の全部または一部を平仮名又は片仮名で記載したものであるから、前記(イ)において述べた理由により補助参加人に対する有効投票と認むべきである。

(ハ)、(13)

第三字は判読し難いが「様」とも読めないこともない。そしてその第一、二字「早川」の記載により補助参加人の氏を正しく記載してあるから、右投票は補助参加人に対する有効投票である。

(ニ)、(50)

第一字は「西」、第二字以下は「川智男」と記載されている。よつて右の第二字以下の記載から、右投票者は補助参加人に投票しようとしてその氏の第一字「早」を字形の類似する「西」と誤つたものと解される。右投票は同人に対する有効投票と認められる。

(ホ)、(51)

「早川智男」と記載され、補助参加人に対する有効投票であることは明らかである。

(ヘ)、(52)

第二字は「や」、第四字は「ら」、すなわち「はやから」と記載されている。右投票者は「はやかわ」と記載するつもりで「わ」を字形の類似する「ら」と書き誤つたものと認めることができる。補助参加人に対する有効投票である。

(ト)、(54)

右投票者はいつたん「早川ともを」と補助参加人の氏名を正しく記載しながら、同人の名を「てるを」であると思い違いし、「とも」を抹消し、そのかたわらに「てる」と書き加えて「早川てるを」としたものであることはその記載自体から窺われる。補助参加人に投票する意思が明らかであるから、同人に対する有効投票と認めるべきである。

(チ)、(55)

「ハヤカワ」と記載されている。補助参加人早川に対する有効投票である。

(リ)、(56)

第二字は「せ」であつて、「や」ではなく、第三字は「が」の字の肩の点一つを省略したものであつて、「か」の字の肩の点を一つ多く打つたものと解すべきではない。そして前記甲第九号証によると、本件選挙においては長谷川省一(はせがわしよういち)なる候補者のあつたことが認められるから、右投票は同人に対する投票である。

(ヌ)、(57)

「早川ともを」と記載され、なお右「ともを」の傍らに「イくを」と併記されている。しかし右「イくを」の記載が「早川」の下にこれに続けてなされていることから見て、右投票者は最初「早川イくを」と書いてからその誤りに気付いて「ともを」と書き改めたが、右「イくを」の記載を抹消することを失念したものと認められる。よつて右「イくを」の記載は意識的他事記載ではないから、右投票は補助参加人に対する有効投票と認めるべきである。

(ル)、(59)

第二字が「せ」または「や」のいずれを記載したか明らかでない。そして第三字は「が」であるから、右投票の記載は「はやがわ」とも「はせがわ」とも読まれる。

そうすると、右投票は補助参加人または候補者長谷川省一のいずれに対する投票であるかを確認し難いから、無効である。

そうすると補助参加人に対する有効票として当事者に争ない一九九八票に前記有効票二九票を加算した二〇二七票が補助参加人の有効得票数である。

(二)  訴外丹野長兵衛の得票数

(イ)、(1)、(35)

(1)には「ガンバレ」、(35)には「当選」なる文字がそれぞれ「丹野長兵衛」と記載した傍らに併記されており、右の併記された各文字が公職選挙法第六八条第五号にいう敬称の類に属するものとは認められない。よつて以上の投票はいずれも他事記載として無効と認めるべきである。

(ロ)、(2)

第一、二字は「たん」、その下の記載はなんらかの字形と見られるが、原告ら訴訟代理人主張のように「ンの」と記載したものとも認め難く、結局判読できないものというほかはない。よつて右投票はいずれの候補者に投票したかを確認し難いものとして無効である。

(ハ)、(3)

「タの」と記載され、訴外丹野の氏の不完全な仮名書きと解されるから、同人に対する有効投票と認めるべきである。

(ニ)、(11)、(47)

(11)の第一字、(47)の第一字はその形状から「円」または「月」と読まれる。そして各第二字以下の「野長べい」「野長兵衛」なる記載はいずれも訴外丹野の氏名の第二字以下に合致している。故に前記各第一字は投票者が訴外丹野に投票する意思でその氏の第一字「丹」を記載するにあたつてこれと字形の類似する右文字を誤記したものと認められる。よつて以上の投票はすべて訴外丹野に対する有効投票と認めるべきである。

(ホ)、(30)

「たんつよ」と記載されている。他に右記載に類似する氏名の候補者はいないから、「たん」は訴外丹野の氏の第一字「丹を仮名書きしたもの、「つよ」は同人の名の第一字「長」を仮名書きしようとして、文字に不慣れなため、正記できなかつたものと認めることができる。故に右投票は同人に対する有効投票と認めるべきである。

(ヘ)、(31)

「たうのキヨベ」と記載されている。右記載は丹野の氏名とは「タ」「の」「ヨ」「ベ」の四音を同じくし、全体としての音感においても訴外丹野の氏名を記載したものと認められる。よつて右投票は訴外丹野に対する有効投票と認めるべきである。

(ト)、(32)

「たんの」と判読し得る。訴外丹野に対する有効投票である。

(チ)、(33)

第三字は「ツ」の字形に最も類似しており、「ツ」を誤記したものと認められる。よつて全体の記載は「タンツウヨ」と判読でき、前述の訴外丹野の氏と名の各第一字の字音を合わせた「タンチヨウ」を誤り記しまたはその不完全な発音に基いて記載したものと解すことができる。よつて右投票も同人に対する有効投票と認めるべきである。

(リ)、(34)

第一字は「丹」、第二字は正確な字体をなしていないが、その形状は「長」に類似している。

よつて右記載は訴外丹野に投票する意思で「丹長」と記載しようとして、文字に不慣れなため、これを正記できず右のような字形となつたものと解すべきである。

故に右投票は同人に対する有効投票と認むべきである。

(ヌ)、(36)

訴外丹野の氏名をその名の第一、第二字「長兵」をもつて略記したものであるから、同人に対する有効投票と認めるべきである。

(ル)、(37)

「丹野<長>」なる右投票の記載のうち「丹野」が訴外丹野の氏に合致するから、右投票者が同人に投票する意思で右記載をしたことは明らかである。そこで右「<長>」の記入が他事記載にあたるかどうかを考えるに、成立につき当事者間に争いのない甲第一一号証の一、二、証人佐伯武男、丹野長兵衛の各証言を総合すると、訴外丹野は屋号を「丹長」と称し「<長>」をその記号として使用しており、この事実は同人の知人間では広く知られていることが認められるから、前記「<長>」の記入は訴外丹野の右屋号の記号を併記したものと解すべきである。右投票者は前記「丹野」なる氏だけの記載ではその特定に不安を感じて「長兵衛」なる名前に代えて「<長>」なる訴外丹野の屋号の記号を併記したものと推測するに充分である。よつて右「<長>」の記入は意識的他事記載と解すべきではないから、右投票は訴外丹野に対する有効投票と認めなければならない。

(ヲ)、(46)

第一字はその形状が「丹」の字より「日」の字に類似している。そこでこれを「日」と読めば、第二字までの記載は「日野」となり、前記甲号証によりその存在が認められる前記候補者日野清九郎の氏に合致する。しかし、同人と訴外丹野の氏は文字音感とも互に類似しているが、名は文字音感とも全く相違する。故に同票の第三字以下の「長エ」なる記載は訴外丹野の名「長兵衛」の不完全記載、「日野」は「丹野」の誤記と認め、右票は訴外丹野に対する有効投票と解すべきである。

そうすると、訴外丹野に対する有効票として当事者間に争ない二〇〇四票に前記有効票一一票を加算した二〇一五票が訴外丹野の有効得票数である。

(三)  原告守の得票数

(イ)、(4)

「もりよし」と記載されている。前記甲号証によれば、本件選挙においては右記載に正しく合致する氏名の候補者は存在しない。しかし同証によれば本件選挙においては守屋一男(もりやかずお)なる氏名の候補者のあつたことが認められるから、右投票の第二字までの「もり」なる記載は同人または原告守の各氏の第一字を仮名書きしたものとも認められ、「よし」は同号証により認められる候補者小林義雄(こばやしよしお)、同中村好美(なかむらよしみ)、同加藤美子(かとうよしこ)同月浦義雄(つきうらよしお)の各第一字を仮名書きしたものとも見られる。しかし以上の記載だけでは右の各候補のいずれに投票したかを確認し難いから、同票は無効と認めるほかはない。

(ロ)、(5)

第一、第二字の「もり」は原告守の氏「守」を仮名書きしたものに一致する。しかし第三字から第五字までの「ぜんじ」は原告守の名「源治」を仮名書きした「げんじ」とは「ぜ」の一字を異にするに反し、候補者佐藤善治(さとうぜんじ)の名を仮名書きしたものと正しく合致することは前記甲号証により明らかである。そこで右投票が右各候補者のいずれに投票したものであるかを考えるに、右佐藤の名「ぜんじ」と原告守の名「げんじ」とは文字音感において類似するに反し、両名の氏「佐藤」と「守」とは文字音感ともに類似性がない。

よつて前記「早坂智男」と記載された投票の効力に関し述べたのと同一の理由により、同票については氏の記載に重きを置き、原告守の氏の記載のある同票は同原告に対する有効投票と認めるべきである。

(ハ)、(28)、(29)、(42)

本件選挙の候補者中に右投票に記載された「守源三郎」なる氏名の者がいないことは前記甲第九号証により認められる。しかし証人阿部耕作の証言によると、「守源三郎」は原告守の父の名であつて、同人は昭和三八年三月頃まで永年にわたつて仙台市議会の議員の職にあつたものであるが、本件選挙には立候補しなかつたこと、原告守は本件選挙において初めて右市議会議員に立候補したものであることが認められる。

右の原告守の父の氏名が同原告の通称であるとの同原告訴訟代理人主張の事実を認めるに足る証拠はない。そうすると、前記各投票はいずれも候補者でない前記守源三郎に投票したものと認めるのが相当であるから、いずれも無効というほかはない。

(ニ)、(38)

「守源治」なる記載の上部に「無所属」と併記されている。前記甲第九号証によれば、原告守は本件選挙に無所属として立候補したものであつて、公職選挙法第一七五条の二第一項所定の掲示にも、原告が無所属なる旨の表示がなされていたことが認められるから、右投票者はこれにならつて右「無所属」なる記載をなしたものと解することができる。よつて右記載はこれを意識的他事記載と目すべきものではないから、右投票は原告守に対する有効投票と認めるべきである。

(ホ)、(40)、(41)

(40)は「守原三郎」、(41)は「モリゲンサアロ」と読まれるが、「原」はこれと同音で字形の類似する「源」の字の誤記、「ア」は「ブ」の誤記と認められる。よつて以上の投票は候補者でない前記守源三郎の氏名を記載したものとして無効である。

(ヘ)、(43)

「モリヤゲン」と記載されている。右記載は前記候補者守屋一男の氏を仮名書きしたものともみられるし、「モリゲン」の誤記ともみられる。原告守本人尋問の結果によると、同原告が通称「守源」(モリゲン)の名で呼ばれるし、同人の父源三郎も「モリゲン」と呼ばれている事実を認めることができるから(43)が「モリゲン」の誤記であるとしても右票が原告守に対するものか、同原告の父に対するものか不明である。

よつて右投票は以上のいずれの候補者に投票したかを確認し難いものとして無効と解すべきである。

(ト)、(44)

第一字は「守」であるが、第二字以下は「源治」「源三郎」「原三郎」または「屋一男」のいずれとも確認できず、判読不能の記載というほかはない。

よつて右投票はいずれの候補者に投票したかを確認し難いものとして無効である。

(チ)、(45)

「モリゲン太郎」と記載されており原告守源治を表示するとみるよりもその父守源三郎の誤記とみられるから前(ハ)において述べた理由により無効票とみるべきである。

(リ)、(48)、(49)

(48)は「守一」と記載され、候補者守屋一男の氏と名の各第一字を連らねたもの、(49)の「モリ」の下の記載は「ヤ」と判読することができる。よつて以上はいずれも前記守屋に対する有効投票と認めるべきである。

(四)  原告守訴訟代理人は、選挙会により候補者守屋一男の有効得票として処理された投票のうちには、原告守の有効得票の混入している虞があつたのに、被告委員会が右投票の点検をしなかつたのは違法であると主張するが、かりにそのような事実があるとしても、右投票に対する当裁判所の検証の結果によれば、当裁判所がすでにその効力につき判断を加えた前記各投票以外に、守屋の有効得票中に原告守の有効得票が混入していた事実はないことが明らかであるから、本件においては右原告訴訟代理人主張のような被告委員会の審査手続上の瑕疵はそれ自体として本件選挙の当選の結果に異動を生ずる虞はないものというべきである。

よつて右主張は採用できない。

以上によると、原告守に対する有効票として当事者間に争ない二〇一〇票に前記有効票二票を加算した二〇一二票が原告守の有効得票である。

三、結論

然らば前記候補者三名の有効得票数は補助参加人が二〇二七票、訴外丹野が二、〇一五票でいずれも当選、原告守は二、〇一二票で次点者として落選となる。よつて被告委員会が前記裁決において仙台市選挙管理委員会のした前記決定を取消し、原告守の当選を無効とした点は正当であるが、訴外丹野の当選をも無効とした点は失当である。故に、被告委員会の裁決は以上認定の限度において取消を免かれない。

なお原告佐藤外六名訴訟代理人は本訴において訴外丹野長兵衛が本件選挙の当選人であることの確認を求めているが、前記裁決中、同人の当選を無効とする部分を取消す旨の本件判決が確定すれば、同人を当選人と定めた本件選挙会の決定が確定し、これにより同人の当選人たる地位が定まる筋合であるから、右取消のほかに同人が本件選挙の当選人たることの確認を求める法律上の利益はない。よつて右請求はこれを棄却すべきである。

よつて原告らの請求は右認定の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新妻太郎 須藤貢 小木曽競)

(別紙検証写真省略)

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